アナニアシヴィリ20周年記念公演

フレンズ・オブ・ニーナ・ジャパンによる公演記録

2001年9月15日(土):  ゲネプロ - 東京文化会館 18:30

Friend No. 1:  フレンズ・オブ・ニーナ・ジャパンは、幸運な偶然からゲネプロを観ることが出来ました。9月19日のニーナのサイン会に向けての準備が終わった後、主催者のご厚意で、東京文化会館の大ホールへ入りました。そこには公演とは違う、今までに経験したことがない、張り詰めた空気が流れ、足音はもちろん、心臓の鼓動さえたててはいけないような気持ちになりました。初めての経験だったからかも知れませんが、興奮と共に、緊張感さえ覚えました。正直に言えば、この場にいるのは場違いなのでは、とさえ感じました。これはダンサー、芸術監督、指揮者、スタッフの方々の非常に真摯な姿勢によるものだと、すぐにわかりました。私たち観客に最高の舞台をみせる、と言う怖いまでのプロとしての姿勢、妥協のない取り組みが2300人を収容できる大ホールの空気を変えていました。

私たちが観たのは、「3つのプレリュード」の最後の部分からでした。ダンサーは特にテンポ、最初の音がでるタイミング、男性のヴァリエーションの場合は、ジャンプをして最後のポーズを決める時の音のタイミングに気をつかっているようでした。合わない時は、指揮者にその音楽を口ずさんで意向を伝え、何回もやり直しをしていました。テンポに関して、指揮者との熱を帯びたやりとりもあり、私たちは、そこに納得するまでリハーサルを続けると言う、真摯な姿勢を感じました。

ステップについても同様で、やり直しをしたり、ダンサーとオーケストラとの呼吸が合うように、リハーサルを行っていました。

今回はガラ公演のリハーサルなので、衣装はつけずに行うのでは、と言われていましたが、ほとんど全ての演目が舞台衣装をつけて行われていました。これも、この公演に対する意気込みの現れだと思いました。

久しぶりに観たニーナは、一段と輝きを増し、特にオーロラを踊った時の温かさ、典雅さで、私たちを魅了しました。アンコール用のドンキホーテの最後のポーズで、つまり全てのリハーサルが終わった時に、ニーナは「終わった! 満足!」と言っているかのように、ガッツポーズで右手を揚げていました。(と言っても、スポーツ選手のそれとは違いますが)このポーズがキトリのキャラクターともあいまって、何とも言えずチャーミングで、かわいい!と心から思いました。これもニーナの魅力の一つです。

プロとは言え、ダンサーも人間です。ですから、時差、ハード スケジュール等で疲れはあると思います。しかし、そう言ったことは一切感じさせず、一貫していたのは、最高の舞台をと言うダンサー、スタッフの気迫です。その気迫に圧倒され続けた3時間でした。こういったリハーサルを経た舞台を観られるのは、観客冥利に尽きます。翌日から始まるガラ公演にますます期待がふくらみ、公演の成功を信じて会場を後にしました。

2001年9月16日(日): 開幕初日 - 東京文化会館

Friend No. 2: 待ちに待った9月16日(日)、天候は多少曇り空ではあったが、私は心を晴れやかに弾ませながら、ニーナ・アナニアシヴィリの『デビュー20周年記念公演』を観るために、上野の東京文化会館へと足を向けた。会場内はチケットのほぼ完売を思わせるほどの人ごみで溢れていた。私は公演が始まる前から、素晴らしくなること間違いなしの今日の舞台に対する期待で胸を膨らませていた。

開演のアナウンスが流れ、照明が落ち、とうとう開幕の時がやって来た。何週間も、何ヶ月も待ち続けたこの瞬間、ニーナの舞台を見る時はいつもそうであるように、最高に幸せな気分であった。幕が上がった瞬間、私はリハーサルルームを思わせるような鏡の置かれた空間に、新鮮な珍しさを覚えた。まず、ピアニストのアレクセイ・メレンティエフと、今回の公演の芸術監督であるアレクセイ・ファジェーチェフが舞台に登場した。現役時代に比べ多少恰幅のよくなったファジェーチェフではあったが、温かみを帯びた風格が以前にも増して貫禄を出していた。そして、そのファジェーチェフがニーナの20周年記念Tシャツをスタイリッシュに着こなして舞台に登場してくれたのは、嬉しい驚きであった。

続いて、綺羅星のようなスター達が舞台に登場した。もちろんニーナも!ニーナは数多くのダンサー達と比べると背丈はさほど大きくないにも拘らず、登場した瞬間に観客の視線を釘づけにする華やかなスター性を持っているということにあらためて驚かされた!和やかな雰囲気でレッスンはスタートしたが、クラスが進むにつれ、プロのダンサー達の行うレッスンがいかに厳しいかを垣間見させる真剣な表情が舞台上のダンサー達に表れたのは興味深い。レッスンが終了すると、ダンサー達がそれぞれ自分の荷物をまとめ部屋を去って行くかのように舞台の袖に入って行く、という趣向も凝っていた。

ダンサー達の中で、ニーナとアンドレイ・ウヴァーロフが舞台に残り、スティーブンソン振付『3つのプレリュード』が始まった。胸が締め付けられるような物悲しいラフマニノフのピアノ曲、真っ白な衣装、そして薄暗い照明の中に浮かび上がる鏡に映し出された2人の姿が、日常の中の非現実的な世界を感じさせた。背の高いアンドレイと、ニーナの指先まで神経の行き届いた繊細な踊りとが織りなすハーモニーは、この上なく美しい。この美しさは、何ものにも代え難い。このまま時が止まってほしいと思ったのは、私だけではないであろう。

続いては、ポソホフによる『アリア』。ポソホフというと、1993年の「アナニアシヴィリと世界のスター達」に登場した時には、テクニックが素晴らしいだけに何か心を打つものがなかったのを残念に思ったことを思い出す。しかし、今回の演技には心から驚嘆した。踊りの切れが素晴らしいことは言うまでもなく、人間の内面をとても重く表現できる彼の「技」に心を打たれた。ポソホフの今後の活躍を楽しみに思う。

さて、次は、ボリショイの中でもお姫様然とした華やかな雰囲気を持つ美しいバレリーナ、インナ・ペトローワとドミトリー・ベラガラフツェフによるバランシン振付『アゴン』。曲のテンポを取りづらそうではあったが、スタイルの美しいこの2人のクールな演技は、恐ろしいまでにかっこいい。

続いては、イルマ・ニオラーゼとジュゼッペ・ピコーネによる『ジゼル』。ニオラーゼの、儚げながらも凛としている、クリスタルの花瓶のような美しさが際立っていた。ピコーネは、アルブレヒトにしては少し重厚感に欠けていたように思うが、ジャンプ等の華やかなテクニックは素晴らしい。おそらくダンサー自身の性格によるのだろうが、ピコーネには『ジゼル』のような悲劇的な作品よりも、明るく楽観的な舞台がよく似合うのではないかと感じた。

そして、第1部の最大の華、ニーナとセルゲイ・フィーリンによる「黒鳥のパ・ド・ドゥ(『白鳥の湖』より)」が始まった。観客の多くもとても期待していたパートであったようで、客席のあちこちからどよめきが起こった。それも本当に納得できる。というのも、ニーナの天性の華やぎは、他のどのバレリーナにも真似できない。ニーナには、見ている者すべてを魅了する圧倒的な魔法の力があるように感じる。そして、あの柔らかな美しい笑顔。ジークフリートでなくとも、この魅力溢れるオディールにはコロッと騙されてしまうに違いない。フィーリンは、私の個人的な好みもあろうが、王子様はこの人しかいないというほどの気品に溢れている。何もせず、ただ舞台に立っている姿だけでも美しい。フィーリンの踊りには、ウヴァーロフほどの豪快さはないかもしれないが、折り目正しい踊りが極めて美しい。私は、ファジェーチェフが引退した今、ニーナがフィーリンと踊るようになったことをとても嬉しく思う。ウヴァーロフとのパートナーシップももちろん素晴らしいことこの上ないが、フィーリンと奏でる甘いメロディが私は特に気に入っている。

あっという間に第1部が終わり、第2部が始まった。第2部は『眠れる森の美女』からの抜粋で、ニーナはこの日、オーロラ姫の登場からローズアダージョ、そして第3幕グラン・パ・ド・ドゥを踊った。まずは、オーケストラによる「花のワルツ」の音楽が流れた。チャイコフスキーの多くの作品に共通する、「桜色」というイメージがぴったりの明るく透き通った音楽に、私の心は幸せな気持ちで一杯になった。そして、オーロラ姫の登場。ニーナの、一点の陰りもない清々しい可愛らしさに、おもわず私もにっこりと微笑み返したくなる。何の不安も不満も知らず、幸せ一杯に育ったことを思わせる、軽やかな明るいステップ。誰もがお手本にすべき素敵なオーロラ姫だった。(しかし、ニーナ独特の温か味を帯びた華やかさは、きっとニーナ自身のあたたかな内面、性格から反映された部分も多いと思うので、お手本にしたくとも他人にはそう簡単に真似ができないだろう!)

この抜粋版の舞台を見る前、正直に言って私は通常の『眠りの森の美女』に見られる群舞や凝った舞台装置なくして、全幕の舞台のような絢爛さが出せるものか多少不安に感じていた。しかし、それは私の取り越し苦労に過ぎなかった。もちろん、細かな舞台装置や一糸乱れぬコールドバレエが煌きを与える、全幕の舞台に優るものはない。だが、この「煌き」に値するものが、綺羅星のごとく輝くスターダンサー達の競演であった。ローズアダージョでは、これほど気品に満ちた王子様の中の王子様が4人も揃うことなど他にあろうか。王子に扮する各人がそれぞれの個性を持ちながら、全員が共通して圧倒的な気品を放っていた。特に、一人ずつ舞台の中央に登場した瞬間の気高い気品は圧巻であった。また、ローズアダージョの中、ニーナがポワントで驚異的に長く静止して見せたことに、観客は大きくどよめいた。通常「驚異的」という言葉で形容されるものは、おうおうにして「美しさ」とは反比例することが多いように思う。しかし、このニーナの「ポワントでの静止」は、そこで止まることがごく自然の流れの中にあるように滑らかで美しく、まるでエルミタージュ美術館に飾られた絵画のように絢爛豪華な輝きに溢れていた。他の多くのバレリーナは、長く持ちこたえようと無理に踏ん張っている様子があからさまに表れることが多い。そのような姿勢はグラグラとして見苦しいだけではなく、振付の流れまでもを壊してしまう。これに対して、ニーナは「こうあるべき」と思わせるほど自然に、いかにも簡単そうに静止することによって、この振付に付加価値的な美しさをもたらしていた。続くは、ニオラーゼが演じるリラの精のヴァリエーション。高々と上がった美しい足と、優しげな表情が印象深い。次なる踊りは、「デジレ王子の登場」の場面であった。私は、活力に溢れたこのボリショイ版の振付が大好きだ。デジレ王子が舞台を伸びやかに駆け抜ける姿は、舞台を一段と華やかにする。しかも、今回これを踊ったのがフィーリンだったのだから、いつにも増して踊りの彩りが豊かになった。フィーリンのジャンプは、スピードのある中でも、決して乱雑にはならない。それ故、そこに王子たる気品が生まれるように思う。余談になるが、ニーナとフィーリンによる『ライモンダ』を是非一度見てみたいと思う。美しく音楽性に溢れるニーナと、上品で精悍なフィーリンの踊る『ライモンダ』の舞台は、とりわけ素敵なのではないかと期待している。是非日本でもこれを見られる機会があることを心より願っている。続くは、ペトローワとベラガラフツェフのペアによる「青い鳥のパ・ド・ドゥ」。心に残るのは、ペトローワの愛らしいフロリナ王女。ふわっとリフトされた時にアクセントをつける微笑みや、上品な視線、繊細な手の動きを見るにつけ、これこそ世界で一番のフロリナ王女だと感心した。ベラガラフツェフの凛々しいジャンプも素晴らしかった。さて、早くも最後の「第3幕グラン・パ・ド・ドゥ」がやってきてしまった。私の心は、早く見たいと思うと同時に、これで終わりかと寂しく思う気持ちとが入り混じっていた。真っ白な衣装を身につけ、あたたかに微笑みながら軽やかにステップを踏むニーナは、透明感と清々しさに溢れていた。ウヴァーロフのダイナミックなジャンプも忘れがたい。このような選りすぐりのスターダンサー達の中で一層明るい輝きを放つニーナのオーロラ姫は、私に夢の世界を味わわせてくれた。

素晴らしい舞台を見られた幸福感で心が満腹になったと同時に、これで全てが終わってしまったと残念に思っていると、再びファジェーチェフが舞台に現れ、アンコールを見せてくれると言う!何という思いがけないプレゼントだろう!私だけではなく、会場中が歓喜の声に包まれた。(おそらく、このアンコールは、例の悲しむべき9月14日の米国同時多発テロ事件の影響により、アマンダ・マッケローが予定外に出演できなかったことへのお詫び、という意味もあるのかもしれない。)アンコールで、まず登場したのはニオラーゼで、『エチュード』というソロ作品を踊ってくれた。魂を揺さぶるような叙情的な踊りが印象深かった。次の踊りも『青い血』というソロ作品で、これはピコーネが踊った。活力みなぎる動きがとてもシャープで、見ていて気持ちがよかった。そして次に、『ドン・キホーテ』の「第3幕グラン・パ・ド・ドゥ」の曲が流れた瞬間、会場中から大きな歓声が上がった。何度見ても、ニーナのキトリは本当に大らかで、大輪のひまわりのような明るさに満ちている。ニーナの踊るキトリを見ると、どんなに気分が沈んでいる時でも、元気が湧いてくる!オーロラ姫の繊細で上品な輝きとはまた一味違う、力強く明るい輝きに満ちている。ニーナが、役柄に合わせて、絶妙に自分の放つオーラの色を変えることができるということにあらためて感銘を受けた。ニーナの踊るキトリは、本当に、何回見ても見飽きるということがない。事実、この日の舞台が終わったとたんに、私はニーナのキトリをもう一度見たい気持ちで一杯だった。しかし、ニーナは、このように異なる役柄を踊るたびにそれぞれ違ったオーラを放ち、今までにない側面を見せてくれるのであるから、キトリばかりではなく『ライモンダ』や『雪娘』等、ニーナが日本で踊ったことのない新しい演目を是非見せてほしいと願っているのは私だけではないと思う。

2001年9月17日(月):  東京文化会館

私は仕事を終えるや否や、期待で胸を躍らせながら、東京文化会館へ飛んで行った。昨日の公演はとても素晴らしく、たった一度見ただけでは見足りない気持ちで一杯だったので、全く同じ内容ということは承知していながらも、もう一度あの感動を味わいたくてたまらなかった。(9月11日のテロ事件で来日の遅れていたニューヨークの友人達が、この日ようやく会場入りすることができ安堵した。)

出演者は同じプログラムを踊ったにも拘らず、この日の演技はいずれも昨日よりさらに流れもスムースで、情感に溢れていたように感じた。私はこの日、一日中仕事をした後で肉体的に疲労困憊の状態だったはずなのに、ニーナのおおらかな踊りを見ていると心も体も元気になってくるのには、いつものことながら驚かされる。ニーナのエネルギーが、舞台の上から観客席まで届いているように感じる。私にとってニーナの踊りは、まさに欠かすことのできない栄養素だ!

休憩時間、多くの人達が私と同じようにニーナの美しい踊りに感動している様子を見聞きした。私はニーナの素晴らしい芸術性にたくさんの人が感激していることにあらためて気づき、とても嬉しく思った。

2001年9月20日(木): ワークショップ - 府中の森芸術劇場 17:00

Friend No. 1: 1998年1月に続き、今回が2度目のワークショップになりました。その内容をご紹介する前に、ニーナがワークショップを行うことになった、きっかけについてお話します。

府中文化振興財団では、現役のバレリーナに子供たちを直接指導してもらえればと思い、ニーナに依頼をしたところ、「子供たちを育てるお手伝いが出来れば嬉しい」と快諾してくれたそうです。世界的な大スターであること、来日時のスケジュールが厳しいことを考えると、引き受けてもらえないのでは、と思いながらお願いをしたので、ニーナの快諾は驚きでもあり、それだけに大変嬉しかったとおっしゃっていました。2度目となる今回も、もちろん快諾をしてくれたそうです。生徒さんの中には2回とも受講された方がいて、ニーナも覚えていたようです。

受講資格は、小学校5年生から高校3年生で、トウシューズ歴が5年以上の方が中級で、5年未満の方が初級と言うクラス分けをしていました。また、平等に機会を与えると言う方針から、定員を超えた場合は、抽選で参加者を決定する方法をとっていました。

当日は17:00〜18:30が初級、19:00〜20:30が中級のクラスで、それぞれ約25名の生徒さんをアレクセイ フェジェーチェフと共に指導しました。もちろん通訳がつきますし、ピアニストもいらっしゃいました。

残念ながら初級クラスは観られませんでしたので、中級クラスについて報告いたします。

ニーナとアレクセイは共にニーナのイラスト入りのTシャツを着て、登場しました。アレクセイは黒のTシャツでしたが、ニーナは大好きな色と言うブルーのTシャツを着ていました。黒のパンツとのコントラストがきれいで、ニーナに良く似合っていました。

バーレッスンはプリエから始まり、グランバットマン、ストレッチで終わる、どのバレエ教室でも行っているレッスンの流れでした。お教室によっては、グランバットマンの前にストレッチを行っているところもあると思いますが、身体が完全に温まってからの方が良いので、グランバットマンの後で行うようにしているとコメントをしていました。また、ストレッチは大事なので、毎日家でやるようにと言っていました。ここでも、お風呂上り等、身体が温まっている時にやらないと体を痛めるので、気をつけて、と注意をしていました。

アレクセイが動きを見せ、順番を指導しました。ニーナがお手本を見せてくれたのは、アダージオの時で、その優美で伸びやかな動きに、会場に見学に来ていた人たちから思わず感嘆の声が出ました。

バーレッスンの後は、センターレッスンになり、アダージオ、バットマン、タンジュ、タンジュとピルエット、フォンデュとピルエット、グランバットマンとサンジャマンのコンビネーション、アッサンブレ・エシャペ・グリッサード・ソテ・ブリゼ・シソンヌ等を入れたアンシェルマンをいくつか行い、ポールドブラでレッスンが終わりました。

生徒さんたちは、真剣な眼差しで、二人の先生の動きを見て勉強していたと思います。順番も的確に覚えていましたが、全体的にあやふやな動きがあると、アレクセイは音を止めて、もう一度順番を教え、最初からやり直しをしていました。

アレクセイは現役時代のプロポーションではありませんが、完璧な5番ポジションやタンジュで見せた脚のラインは、ボリショイを支えたスターダンサーそのものでした。基本がいかに大事かを改めて思い知らされた次第です。ニーナ同様に温かい雰囲気を醸し出し、大スターに教えてもらうと言う生徒さんの緊張を取り除いていました。

ニーナも名教師ぶりを発揮し、非常に丁寧に教えていました。生徒さん全員を平等に教え、手をとったり、足の位置を実際にその生徒さんの足を動かしながら直したりしていました。正しい動きを実際に見せると同時に、悪い姿勢、動きも見せることによって、生徒さんたちは、よりニーナが注意したことが理解できたと思います。また、ニーナが全体にした注意に対して、すぐに動いておさらいをした生徒さんには、必ず目を向けて、さらに指導をしていました。

丁寧な指導と共に印象に残ったことは、注意と共に良いところをみつけて誉めていた点でした。また、腕を骨折して、バーレッスンを受けられなかった生徒さんに対しては、ピルエットの時に、「キトリのように腕を使わないで回ってみて」と怪我に配慮し、そのハンディをプラスにするような教え方をしていたのも、心に残りました。

レッスン終了後に質疑応答がありました。質問は予め生徒さんから聞いていたものですが、甲を出す方法、アラベスクをきれいに見せる方法、バランスをとるコツ、アンディオールをする方法、ピルエットやフェッテを上手く回れるコツ、舞台で笑顔で踊るにはどうすれば良いかについて質問が出ました。

ニーナは実際に動きを見せて、ポイントを教え、甲を出す、アンディオールをきれにするためのストレッチを教えていました。以下が特に印象に残った2点です。

ニーナはスケートをしていたこともあり、バレエを始めた頃は、甲が出なかったそうです。でも毎日レッスンをしているうちに甲が出るようになったと言っていました。元々きれいな甲を持っている人がいて、そう言う人たちは早く甲が出るようになるけれど、毎日レッスンをすれば、みんな甲が出るようになると言っていました。ニーナが強調したことは、バーレッスンでのストレッチ同様に、毎日甲を出すストレッチをすることです。「毎日」を本当に強調していました。毎日努力すれば、時間がかかっても甲がでるようになると言う、ニーナの経験に基づくコメントは、甲が出なくて悩んでいる生徒さんたちにとって、何よりの励みになると思います。

どうしたら笑顔で踊れるかと言う質問に対しては、レッスンの時から意識して、とアドバイスをしていました。もし笑顔で踊らなかったら誰も自分の舞台を楽しんでくれない、でも、ジゼルのような役は笑顔だけでは踊れないから、笑顔に限らず、普段のレッスンで表情をつけることを意識して、と付け加えていました。

府中文化振興財団では、受講資格がない方やファンの為に、会場を無料で開放して下さっています。ニーナとアレクセイの指導を見ているだけでも、かなり勉強になりますし、公演とは違ったニーナの魅力を発見できる場でもあります。大人になってからバレエを始めた方にも是非、見学をしていただきたい、本当に参考になるワークショップでした。次の機会には情報を早めに入手し、このホームページでお知らせできるようにしたいと思っています。

尚、このワークショップの記事が、新書館の「クララ」12月号、音楽之友社の「バレエ」1月号に掲載されています。是非、ご覧下さい。また、このホームページでは、瀬戸秀美氏の写真を掲載しています。(「写真館」をご覧下さい)ワークショップの雰囲気が非常に良く出ている、素敵な写真ばかりです。きっとお楽しみいただけると思います。この場をかりまして、瀬戸秀美氏のご厚意に、心から感謝いたします。

2001年9月22日(土):  府中の森芸術劇場

Friend No. 2: 私は、府中の森芸術劇場でまたバレエ鑑賞ができるのを楽しみにしていた。なぜかというと、この会場でバレエを見た時はいつも観客席からあたたかい反応があったからだ。府中の観客は文化的な人達が多く、バレエにも特に精通しているように感じる。今回も、ニーナのガラ公演のような素晴らしい舞台は必ずや大きな賞賛をもって受け入れられるに違いないと確信していた。

この日、ダンサー達の踊りは東京文化会館の時よりも一段と軽やかになり、出演者自身が楽しんで踊っているように感じた。しかし、音楽がオーケストラの生演奏ではなく、録音テープだったことが唯一残念だった。所々に聞かれるテープのノイズが、耳障りでならない。それでも、ニーナの豪華なオディール、輝きに満ちたオーロラ姫を見られただけで、とても嬉しく満足感で一杯になった。フィーリンが踊る甘く上品なデジレ王子(王子の登場)と、ウヴァーロフの力強くダイナミックなデジレ王子(グラン・パ)を見比べられるのも贅沢な楽しみだった。来日が遅れていたアマンダ・マッケローも登場し、ピコーネと『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』、オーロラ姫のヴァリエーションを踊った ―― 私は特に、軽快で明るいバランシンの作品が気に入った。また、ピコーネに代わってアルブレヒトを演じた、ポソホフの内面を深く表現する踊りが印象的だった。前の2公演のようなアンコールがあるのでは、と期待していただけに、予想外に早い閉幕で少し寂しく思った。

2001年9月24日(月祝): 香川県民ホール(高松)

初めての高松行き。午後2時の開演に間に合うよう、家を出たのは朝7時だった。会場の香川県民ホールは、玉藻公園に隣接していて周辺の景観も美しく、ホール内も清潔で過不足のない感じだった。観客の中には、私と同じく、ニーナの舞台を見るためにはるばる県外から来場した人もいたようだ。実際に、高松まで何時間もかけてやって来た甲斐があったと実感したし、観客の反応も良かった。ただ、ここでも音楽が録音テープだったことにがっかりした。出演者達も、長いツアーでちょうど疲れがたまる頃なのか、動きが少し重たいように感じた。しかし、それでも他のつまらない舞台とは比べようもないほど贅沢な公演だったし、ニーナや他のダンサー達の演技が終わる度に観客席から熱い拍手が送られる様子から見ても、観客の期待に十分適う出来栄えであったと感じた。

2001年9月30日(日): 琵琶湖ホール(大津)

日曜日の朝、大津へ向かって私は浮かれ気分で新幹線に乗っていた。ただ、ニーナが広島公演で軽く足を痛めたと聞いていたので、それが気がかりでならなかった。しかし、驚いたことに、琵琶湖ホールの舞台に立ったニーナには怪我をしている気配など全くなく、見事な踊りを見せてくれた。この日、特に印象に残ったのは、ニーナの「気品」という輝きに満ちたオーロラ姫だった。琵琶湖ホールは、舞台や観客席のデザインも芸術的で美しく、音響も素晴らしいと思う。それなのに、オーケストラの生演奏ではなく、テープによる音楽だったということが非常に情けなく感じた。琵琶湖ホールのロビーの窓辺には、雄大な琵琶湖の景色が広がっている。琵琶湖ホールは、芸術を鑑賞するために必要な全ての要素が揃っている素敵なホールだと思う。東京にも、ニーナの「豪華」な公演を鑑賞するに相応しい、琵琶湖ホールのような「豪華」な会場があれば良いのにと思う。

2001年10月6日(土): 北海道厚生年金会館(札幌)

この日が近づくにつれ、「アナニアシヴィリ20周年記念公演」もこれで終わりだという悲しい気持ちが入り混じってきた。最終公演の一瞬一瞬を絶対に見逃さないように、前日は早めに床につくという気合の入れようだった。

会場の北海道厚生年金会館は、おそらく札幌で一番大きなホールなのだと思うが、あまりにも琵琶湖ホールとの差が大き過ぎ、失望感で一杯になった。しかし、会場で「ニーナが札幌で公演を行うのは初めてで、ずっと札幌に来てほしかったから、とても嬉しい。」と、興奮した様子で話しているのを耳にしたら、私の気持ちも晴れやかになってきた。この日、ニーナの踊りは熱意とパワーに溢れ、ひときわ輝いているのに感激した。もちろん他の日も素晴らしい演技だったのには違いないが、私が思うにこのツアーでニーナの一番の踊りは札幌公演だったと思う。一つ一つの動きもとてもシャープで、動作と動作の間の流れも一層滑らかだった。そして、ステップを踏むたびにひときわ明るい輝きを放っていました。特に、黒鳥が素晴らしかった。気品ある中に、スピード、バランス、パワーがすべて揃った素晴らしい演技だった。このツアーの最終日に、最高の舞台を見ることができ、とても幸せだった。