ニーナ・アナニアシヴィリ20周年記念日本公演2001年9月16日-10月6日(9都市) |
ニーナ・アナニアシヴィリのボリショイ・デビュー20周年を祝し、3週間にわたって日本全国9都市 (10公演)をめぐる記念公演が行われました。同時に、バレエ・ワークショップ(府中)やサイン会(東京)も開催されました。上の写真は、チャコット 東京本店にて開かれたサイン会で、素顔のニーナと可愛らしい小さなファンを写した写真です。このサイン会は、ジャパン・アーツのご協力のもと、フレンズ・オブ・ニーナ・ジャパンによって手配されました。 東京東京文化会館での初日を見逃してしまったが、2日目(9月17日)の公演にはどうにか間に合うことができた。会場に入ってから気づいたことだが、17日の公演にはNHKの撮影が入り、11月頃テレビ放映されるとのことだった。9月11日の恐怖に思いを馳せると、私達の努力(ニューヨークJFK空港からの出発便を確保するだけのことに、非常な困難を強いられた)がようやく報われ、素晴らしいスター達の熱意溢れるガラ公演を見ることができた。 開幕は、メッセレル流『バレエ・クラス』。ダンサー達が練習用の衣装(実際の練習着よりは数段スタイリッシュ)を身に着け、スタジオ風にセットされた舞台に登場し、3本のバーに向かって位置につく。バーの奥には、舞台の丈ほどもある3面鏡が並ぶ。この公演の芸術監督であるアレクセイ・ファジェーチェフが教師役を務め、一連の動作を指示する。すると、当然のことながら、この素晴らしいエリート集団は極めて正確に、かつ美しいスタイルで、指示された動作を体現する。レッスンから自然にベン・スティーブンソン振付『3つのプレリュード』へと流れて行く。ニーナとアンドレイ・ウヴァーロフが中央のバーに残り、詩的情緒溢れる振付とラフマニノフの音楽を髣髴とさせる、月の光のような照明があたる。第1のプレリュードではバーを巧みに活用し、そのバーが、ためらいがちな恋人達と思われる2人を結びつける掛け橋となったり、またある時は2人を引き裂く境界線の役割を果たす。2人の最初の動きは彼らの内面を映し出しているようだ。それに続くパ・ド・ドゥでは、バーと交差するように女性がクルクルと回転したり、女性がパートナーに支えられながらバーの上に立ったり、男性の方へ向かってバーの下を滑って行く。再び、この木のバーで2人は間を分かたれて終わるが、もはや2人を分かつ境界線は消えているように感じる。バーがなくなり、第2のプレリュードが始まる。第2のプレリュードは、『ライモンダ』第1幕のパ・ド・ドゥを思わせるステップ、恋人達が前後にゆらゆらと揺れ動くポーズで始まり、同じポーズで終了する。この振付は、恋人達の感情の変化を表しているように思う。この中で特に効果的な振付は、女性が高くリフトされながら折り曲げていた両足を伸ばし、恋人同士が叙情感を漂わせた美しいポーズ(広げた手足を交差させるポーズ)に溶けて行くところだ。長身のウヴァーロフの体格は、ニーナとのバランスから見ても、特にこのアダージョに相応しい。だからこそ、ぴんと張った2人の体が緩やかな動きをこの上なく豪華に見せる。第3のプレリュードでは音楽の速度が上がり、すばやく流れのあるステップでお互いの愛情を表現する。最後の、歓喜に満ちたリフトが2人の心の出口を表しているようだ。新たに、ウヴァーロフに優れた感情表現が備わったことを嬉しく思う。過去においてはパートナーとの呼吸が今ひとつ合っていないと感じさせることもあったが(『ロミオとジュリエット』、『ジゼル』レビュー参照)、今回の彼の演技は非常に説得力のあるものだった。今回、ニーナの崇高な叙情性にアンドレイの感情表現が十分について行ったので、観客もこの作品の持つロマンチックで詩的な雰囲気を十二分に味わうことができたはずだ。(アレクセイ・メレンティエフが、レッスンと『3つのプレリュード』のピアノ演奏を担当、素晴らしい実力を見せた。) テロ事件の影響により、アマンダ・マッケローの来日が東京公演には間に合わなかった。そのため、プログラムにも変更が生じた。ユーリ・ポソホフは、ハンデルによる音楽(録音テープ使用)にのせたソロ作品『アリア』を踊った。衣装は赤いタイツのみ、それに顔をすっぽりと覆う真っ白な仮面をつけ、行進曲のようなリズムにのせて舞台へ登場する。そして間もなく『アルチェステ』からの「アリア」が流れる。基本的に抽象的であるこの作品は、踊り手の卓越した動きを発揮するには申し分のない機会となる。主に地面深く身をかがめ、彼は表現力豊かな両腕で彫像のような上半身と力強い足に魅力を与える。この中で、彼は素晴らしく統制のとれたバランスと、それとは対照的な空中でのすばやい回転を見せる。ポソホフの重厚な体格が、空間に神話的な形を作り上げた。この作品は、踊り手が顔から仮面を外し、登場の時と同じく神秘的にそっと舞台から去って行き、終演する。 これから先のプログラムは全て、アレクサンドル・ソトニコフ氏の素晴らしい指揮による東京シティフィルハーモニー管弦楽団の演奏が入った。(他の会場では、あろうことか、ピアノ演奏による作品以外は全て録音テープを聞かなければならなかった。)インナ・ペトロワとドミトリー・ベラガラフツェフは、素晴らしい調和と明快なステップをもって、バランシン振付『アゴン』からのパ・ド・ドゥを印象的に踊った。彼らの踊りは透明で、クラシックバレエの手法を忠実に体現していた。この2人は体格と雰囲気の両面で非常に理想的なカップルだ。そして、私が思うに、今回の演技は振付家バランシンさえも満足させるに足るものだったのではなかろうか。ジュゼッペ・ピコーネとイルマ・ニオラーゼは、『ジゼル』第2幕パ・ド・ドゥを踊り、哀愁的な雰囲気を出そうと努力している様子が伺われた。ニオラーゼは、キーロフのパートナーと踊る時も共通して、見せ場のアラベスクであまりにも高々と足を上げ過ぎるきらいがある。その時、彼女の腕はロマンチックスタイルのあるべき形を取っていないことがある。しかし、彼女は自分の中でこの役柄を上手く消化し、何かこう激しさを秘めたような独特のジゼルを演じた。ピコーネは、アルブレヒトのヴァリエーションを得意の上品なラインと見事な曲線でもって表現し、自身の魅力を存分に示した。2人の間の共感が十分でなかったのは、おそらく一緒に踊ることが予定外のことだった所為であろう。 ニーナとセルゲイ・フィーリンは「黒鳥のパ・ド・ドゥ」(『白鳥の湖』より)で、気迫のこもった演技を見せた。ニーナの演技は、人の心を自由にあやつる黒鳥オディールに相応しい、輝きに満ちた最高のものだった。フィーリンは、全身を真っ白な衣装で包み、気品ある中に心の弱さを持ち合わせるジークフリート王子を好演した。オディールは絶えず王子の心の内に巧みに入り込み、王子のためらいを吹き飛ばす。開演時から舞台奥手に置いたままの鏡によって、観客は2人の完璧なフォームを後ろ側からも心行くまで味わうことができた。特に、オディール役のニーナが、オデットを真似て白鳥の羽のように手と肩を動かす姿はこの上なく美しかった。ニーナがバランスで立つ時、フィーリンがそっと手を離すタイミングは完璧で、その瞬間に華を添えた。フィーリンの踊るヴァリエーションは、全てにわたって気品に溢れていた。彼の動きは柔らかく滑らかで、極めて力強いジャンプの後もふんわりと着地する。しかし、そのような中でも、動きの最後はボリショイ然とした堂々たる態度で締めくくる。オディールという役柄を完璧に踊りこなすニーナについては、他に言うべきことがあるだろうか。付け加えるとすれば、完璧なまでに不可能を体現する姿――彼女のフェッテは圧倒的な魅力に溢れるオディールを極めつけに表現している――を見られる喜びをあらためてここで述べるくらいのものだろう。 第2部は、『眠りの森の美女』からの抜粋で、舞台はロワール地方のお城を思わせる豪華な背景幕に彩られていた。オーケストラの演奏による「花のワルツ」が、オーロラ姫の登場への期待感を膨らませた。4人の王子はベラガラフツェフ、ピコーネ、ポソホフ、フィーリン(登場順)という素晴らしいダンサー達によって演じられた。これほどまでに、真に貴族然とした求婚者を私はかつて見たことがない。彼らの美しい容姿、非の打ち所のない物腰や個性を見ると、どんなお姫様でも目移りしてしまうだろう。ニーナの若々しさに溢れたオーロラ姫も、言わずもがな、快活な魅力と無邪気さで4人の求婚者を魅了する。ニーナの安定感抜群の並はずれたバランス技に、観客席からブラボーの声があがった。ニオラーゼの踊るリラの精のヴァリエーションが続き、耳元をかすめるほどのロン・デ・ジャンに観客からも歓声がわいた。デジレ王子の登場場面、フィーリンが勢い良く舞台に踊り出て、このスピード感溢れる難しい踊りをあたかも簡単そうに、完璧に踊りきった。ペトロワとベラガラフツェフがそれぞれフロリナ王女と青い鳥を演じ、ここでも素晴らしいパートナーシップを見せた。とてもチャーミングなペトロワは、繊細な足さばきで観客を魅了した。非常に軽やかな彼女のターンは、まるで空に浮いているかのように見える。ベラガラフツェフは、すばやくむらのないブリゼで輝きを放っていた。ニーナとウヴァーロフによる「グラン・パ」は、単にクラシックバレエのテクニックを披露するだけのものではなかった。2人の共感が深まるにつれ、踊りの中に感情が表現され、貴族的な結婚の様相が強くなる。ウヴァーロフは、美しいフォームの中で、高さのある見事なジャンプを見せた。ニーナのヴァリエーションは、繊細で「小さな」ステップがまるでレースの敷布を縫い上げているようだった。ニーナの軽やかなシソンヌは、いつ見ても息を飲むほど美しい。彼女の技術力は、空間と時間を自由に操ることを可能にする。ステップの一つ一つが真の価値を生み、また一つ一つのステップは最高の形で表現されるに相応しいものである。フィナーレの最後に、ニーナが全メンバーにお辞儀をすると、メンバーもニーナに返礼した。観客はその晩の素晴らしい閉幕を素直に受けとめた。この時、誰もがこれで終わりだと思っていた。 幸運にも、東京公演に来た私達にはアンコールというプレゼントが用意されていたのだ。ファジェーチェフが再び舞台に上がり、追加上演を告げた。ニオラーゼが、パーカッションのリズムにのせた合唱曲(録音テープ)を音楽に、モダン作品を踊った。この作品は、彼女の持って生まれた性質――関節の目立つ腕と、断奏的な動き――に良く合っていた。ピコーネは、ノースリーブのシャツとショートパンツを身に着け、音楽なしで舞台に登場した。そして、「ムジカ(音楽)」と叫び音楽を要求すると、ようやくヨハン・シュトラウスの曲が流れた。この元気一杯の素敵なソロでは、走っているように飛ぶジャンプや直ちに静止してバランスをとったりと、彼の能力がいかんなく発揮された。そして、『ドン・キホーテ』グラン・パの音楽が流れると、会場の盛り上がりが最高潮に達した。ニーナは日本公演で既に何度もこの作品を踊っているが、観客はこの再演を声をあげて喜んでいた。ニーナはシンプルな黒のレオタードに赤いチュチュを着けて現れた。ウヴァーロフ他、男性ダンサー達は皆、タイツとニーナの「20周年記念Tシャツ」を着て舞台に上がった。この中で、ニーナが15秒もあろうかと思うほどのバランス技を見せると、感情はブラボーの嵐に包まれた。ペトロワとニオラーゼは、2人同時にフェッテをした(2人の回転方向は逆だった)。男性ダンサー達はそれぞれ得意のジャンプを披露した。終わりに近づいた頃、既に現役を退いているファジェーチェフが舞台に登場し、楽しい踊りに加わろうというそぶりを見せた。しかし、若いダンサー達に止められ、彼らがフィナーレのスピンを飾った。この晩の東京公演は本当に楽しくて、エコノミークラス中部座席での14時間すら忘れさせてくれる素晴らしさだった。
東京以外に2公演、別の会場まで追いかけて行った。広島ではニーナを初めて見る人が多かったようで、観客の嬉しい驚きが伝わってきた(9月28日)。広島厚生年金会館は、バレエ公演を行うに相応しい会場ではなかった(ダンサーにとって、ステージが浅すぎる)。しかし、それでも出演者達は精一杯の踊りを見せてくれた。この日までにマッケローも公演に加わっていたので、当初の予定通りマッケローとピコーネによるバランシン作『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を楽しむことができた。2人のパートナーシップは完璧とは言えないまでも、彼らはこの作品に求められる大胆さと自信に満ちた、熱意溢れるヴァリエーションを見せた。感情表現豊かなポソホフの踊りが、『ジゼル』のパ・ド・ドゥに彩りを加えた。また、ポソホフと一緒に踊ったニオラーゼも、ジゼルという役柄に深く入魂していた。 琵琶湖ホールは、最新技術を駆使した素晴らしい芸術劇場だ(京都駅より電車で約10分の滋賀県大津市に所在)。この会場では、出演者達も思う存分の踊りができた。(聞くところによると、大ホールの舞台の広さがボリショイ劇場より若干狭い程度とのこと。)劇場の素晴らしさと明らかにバレエ通と思われる観客で超満員の会場が、出演者達からいつも以上のエネルギーと輝きを引き出した。(この日、出演者の中の2人が怪我を負っていたということを私達はたまたま知っていたが、彼らの素晴らしい踊りを見ているだけでは怪我をしているなんて知る由もなかっただろう。)ここではマッケローとピコーネの息も合ってきて、ニオラーゼとポソホフは魔法のような『ジゼル』を披露した。ニーナとウヴァーロフの洗練された美しい『3つのプレリュード』を見るたびに、より深く、さらにうっとりと魅せられる。黒鳥も鋭さを増し、『眠りの森の美女』の抜粋からグラン・パと呼ぶに相応しい華やかな踊りを最後に幕を閉じた。9月30日は一日中雨が降り続いていたが、琵琶湖湖畔での素晴らしい公演の後、観客は皆興奮で十分に体があたたまっていたに違いない。 N.B. Our Japanese colleagues, who
are to be commended for their great work on the Japanese-language version of this website,
between them also saw performances in Spider's Note: It was a revelation to observe the Japanese fans' appreciation for Nina. Normally reserved and quietly in rapture during the dancing, they explode with energetic applause and a chorus of "bravos" at the right moments. Still, at the highest notes in the dancing, they could not contain themselves and turned participatory by bursting into rythmic applause to accompany Nina in her journey to 32 fouett・em>s (between Black Swan PDD and Don Q, they got 64 in Tokyo!). Naturally, Nina and company fed on this and showed what they can do in these gala performances. The highest notes came in Tokyo when Nina held a flutter-free balance in The Sleeping Beauty for more than 10 seconds, only to top it in the Don Q encore! The latter may have exceeded the magnificent 14-second high C by Enrico Caruso in "Di Quella Pira", preserved for posterity in TAP Records' compilation of 40 tenors singing this aria. Whether she actually held the flutter-free balance for more than 14 seconds doesn't matter because she looked completely in control and could seemingly have gone on forever - besides, science strongly suggests that it is harder holding a balance flutter free than holding a high C this long. |